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コラム

新・鬼ヶ島から学んだ自分で選択する大切さ【ファミコン・ディスクシステム】

新・鬼ヶ島から学んだ自分で選択する大切さ【ファミコン・ディスクシステム】
こんな人に読んでほしい。
  • 新・鬼ヶ島を知っている。
  • アドベンチャーゲーム好き。
  • 自分で選択する大切さについての体験談を知りたい。
パパ
パパ
YouTubeで動画投稿もしているIshikawa Familyパパです。

何かの選択を迫られた時、人は考えた末に決断をくだす。その選択が正しいかどうかは誰にも分からない。ただ選択をした以上、進まないといけないわけだ。

私は小中学生の頃はゲームが好きでよくやっていました。

特にアドベンチャーゲームが好きでしたね。

私の中で忘れられないのは、ファミコンのディスクシステムで任天堂から発売された新・鬼ヶ島です。

新・鬼ヶ島のソフトは前編と後編に分かれていて、ふぁみこん昔話をうたい文句て発売されました。

新・鬼ヶ島をすぐ購入することのできなかった小学生時代

当時、私は小学生だったこともあり、新・鬼ヶ島を購入するお金がなく、すぐに買うことができませんでした。

当時、ディスクシステムはたったの500円でゲームの書き換えができ、遊べるようになっていましたね。

私はいらないディスクカードに新鬼ヶ島の書き換えをし、夢中になって遊びました。

1987年に発売されたから、考えてみれば30年以上前の昔の話です。

ある意味、私の中でも子供の頃に新鬼ヶ島をやっていたことは昔話になってしまいましたね(笑)

その頃の私は親父が買ってきた世界名作劇場全巻を強制的に読めと言われていた頃でした。

せっかく親が教育のために買ってくれたのだから申し訳ないと思い、世界名作劇場を読んでみたのですが、50冊以上もある分厚い本の山を見てしまったら読む気がしなくなってしまいました。

私は一度嫌だと思ったら、頑固なまでに拒絶するタイプなんですよ。

本も読まずにゲームばかりしている私は親父に激怒され、ファミコンを取り上げられ隠されてしまいました。

私は家のどこかにあるはずだとあきらめずに家中を探しまわり、ついに押入れの高いところにファミコンが隠されていることを発見し、無事に奪い返しました。

しかし、私の探しだすという選択や決断は、結局、親父にぶん殴られるという結末を迎えてしまうことになります。

「何で隠しているファミコンを見つけだした」 と言うなり私は親父に投げとばされ、ぶん殴られました。

私はどうやら引くことを知らない頑固者のようだったらしく、冬の寒い時期に家族で旅行にでかけて、気がついたら雪の中をほっぽりだされ、親父に反省しろと言われたこともありましたね。

パパ
パパ
雪の中は本当に寒かったですね。
ママ
ママ
これからパパが悪いことしたら、雪の中で反省してください。
パパ
パパ
は?

ゲームをしてはいけない状況で、私は親父の魔の手に怯えながら、新・鬼ヶ島をプレイしました。

何でそんな状況で私はゲームをしていたのだろう。

ゲームをやっちゃだめと迫害されればされるほどやりたくなる

考えてみると私は迫害されればされるほど燃えるタイプらしいです。

高校生の時に私が新聞配達のバイトをしながら学校に通うと言った時、親父に真っ先に言われました。

「絶対無理だよ。やめておけ!」

私はその言葉を聞いて異常に燃えました。

できないと言われ、私はできるという選択をしたのです。

その選択は正しいかどうかは分からないですが、自分しだいで正しくさせることはできます。 

そして、私は新聞配達をやり通し、親父をびっくりさせました。

パパ
パパ
しかも原付免許を取得して、すぐカブに乗って新聞配達でしたね。

だからなのでしょうか? 

あの頃、私が新・鬼ヶ島をプレイしていた頃、親父に「ゲームをするな」と言われていた時期でした。

そんな状況でもゲームをしている自分がたまらなく好きでしたね。

自分の意思でゲームをすることを決めたのが、何だか生きている実感がして楽しかったです。

新・鬼ヶ島というゲームの主人公は男と女で、鬼に襲われたおじいさんとおばあさんを救うために旅立ちます。

犬、サル、キジを仲間にして鬼ヶ島に向かうというオーソドックスな物語に一見見えますが、実はそんなありきたりの物語ではありません。

いろいろな昔話がミキサーにかけられ、それが前編と後編に分けられて、ふぁみこん昔話できましたと登場したんですよ。

本はただ書いてある文章を読むだけです。

しかし、ゲームのアドベンチャーは読んで考えて、自分で選択し、物語が臨機応変に微妙に変化したりします。

時にはその選択が間違いでゲームオーバーになってしまうこともあります。

自分らの人生なんて本のようにすらすらとページがめくれていくわけではないし、結末だって決まっていないですよ。

そんな中で新鬼ヶ島のゲームのプレイ中、ことごとく選択肢があらわれ、私はコントローラーを片手に考えながら選択をしました。

自分がすることは人が決めるのではない。

人がお前はできないと言ってきても、自分ができると選択をし、覚悟を決めてやるのならば、その選択は正しい方向に行くのだと思います。

パパ
パパ
YouTubeの動画投稿にしても、ブログにしても、自分がやりたいと思ったことは継続して取り組んでますね。

新・鬼ヶ島をプレイしている時は、そんな人生の選択など気にせずに、ただ夢中でプレイしただけでしたが、今にして思えば自分で選択する大切さを新鬼ヶ島で学んでいたのかもしれないですね。

ふぁみこん昔話 第2弾の遊遊記もプレイしましたね。

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